2014年6月3日火曜日

スコットランドの古い風習

スタンフォード大学に入学してまず単位をとった科目に、テレビや映画の効果を扱うセミナーがあった。あれは夜の七時半から始まるコースで、他の主要な科目と同様、十人余りの学生に対して、二人の担当教貝がつくぜいたくなクラスであった。この科目ではほとんど毎回、コミュニケーション研究史上の著名な実験に使用されたフィルムが上映され、その後でこの実験の理論的、方法論的意味が議論される。

あのセミナーは夕食後のリラックスした雰囲気のなかで、行われるのを常とした。スタンフォードのような大きなキャンパスを持つアメリカの大学では、多くの教授がキャンパスに自分の住宅を持っている。学生も寄宿舎に住むか、キャンパスの周辺にアパートを借りて住んでいる。だから夕食後の落ち着いた気分のなかで行う、あのようなセミナーも可能だったのであろう。

アメリカにはスコットランドの古い風習を受けついで、十月の終りにハロウィーンといわれる祭りの習慣があった。もともと天上の諸聖人を祭るためのこの祝日は、今日ではいわば子供の日になっている。その夜はおとぎ話に出てくる魔女や、魔女のつれている黒猫の絵があちこちに飾られる。またカボチャをくり抜いて作った、お化けランタンを門口に置く。そして日が暮れてあたりが暗くなると、子供たちは魔女や海賊、あるいはスーパーマンやシンデレラと、おもいおもいの仮装をこらして、近所の家の戸をたたく。

これに対して大人たちはチョコレートやキャンディーを用意して、子供たちのもってきた袋に入れてやるのである。しつけの厳しいアメリカの家庭にあって、この日は年に一度の子供の無礼講の日である。あのコミュニケーション研究の、夜のセミナーでも、教授はつけヒゲで仮装してセミナーに現われたし、セミナーの後、私たちは仲間の学生のアパートに集まって、ハロウイーンーパーティーをした。今から考えるとまことによき古き時代の学生生活であった。

しかしこのセミナーの初日の当惑を私は忘れることができない。その日、開講一番に見せられたフィルムは、何と第二次大戦中に作成された戦意昂揚の宣伝映画であった。「イギリスの闘い」と名づけられたこのフィルムは、ヒトラーのイギリス上陸作戦を阻止するため、ドイツ空軍を迎え撃つ、イギリス空軍の活躍を中心としたフィルムであった。それはこの英国戦闘機隊の英雄的な闘いを中心に、ヒトラーのナチズムに抵抗することが、いかに大切かということを説いた映画であった。

しかもこのフィルムのなかには、ナチスの大会の光景と一緒に、日の丸の小旗を振りながら万歳を叫ぶ日本の群集もでてくる。あれは日本において日本人によって撮影された、記録映画の一部であったのであろうか。しかしあの宣伝映画のなかに出てくる日本人の群は、いかにもチンチクリンでチョコマカと歩いていた。それだけに日本の軍国主義がいかにも、戯画化されて映し出されていた。