2013年7月4日木曜日

「出生率上昇」では生産年齢人口減少は止まらない

もちろんこの夢想は、一部の工学関係者だけが共有しているわけではない。モノづくりに何の関係もない文系にこそ、人頼みと中しますか理系への責任転嫁と中しますか、「モノづくりさえ何とかなっていれば日本はなんとかなる」という安直な信仰に染まっている人が多いですね。ですが、モノづくり技術を際限なく革新して、今後も常に日本の製造業が世界の最先端に君臨し続けたとしても(私としてはそれはそれでぜひそのようになって欲しいものですが)、「生産年齢人口減少に伴う内需縮小」という日本の構造問題はまったく解決されません。日本の製造業が競争力を保って輸出を続けることは、生産年齢人口減少のマイナスインパクトに抗するための三つの目標(一七七-一七八頁)に直接まったく貢献しないからです。この間までの「戦後最長の好景気」の下で起きたことをみれば自明です。

もちろん私は「モノづくり技術の革新」の重要性自体は、一言も否定していない。ただ「それは日本が今患っている病の薬ではない」と言っているのです。モノづくり技術は誰が考えても、資源のない日本が外貨を獲得して生き残っていくための必要条件ですが、今の日本の問題は外貨を獲得することではなくて、獲得した外貨を国内で回すことなのです。そのためにはお話ししてきた三つの目標が不可欠であって、「モノづくり技術の革新」はそこのところには直接の関係がありません。いろいろな議論を見ていると、「エコ分野の技術で世界をリードすることに日本の活路がある」というような論調が目立ちます。エコ分野の技術革新は人類が滅びないためにはもちろん極めて重要です。

それを実現することで日本メーカーの活路も拓けましょう。同時に日本経済の活路も拓けるのであれば本当に良かったのですが。でも、たとえば仮に電気自動車や燃料電池車で日本メーカーが世界のトップに君臨できたとして(私としてはぜひそのようになって欲しいものですが)、日本の輸出が伸び外貨が国内に流れ込んできたとしましよ゛う。残念ながらそれは、この間までの「戦後最長の好景気」を再現するだけのことなのです。技術の果てを極めた日本製のガソリン車やいろいろな機械、デバイスが世界を席巻し、〇〇-〇七年の七年間だけで日本の輸出が七割も増え、税務申告された個人所得が〇四-〇七年にバブル期に迫る水準にまで増加し、にもかかわらず小売販売額は一円も増えなかった、日本国内の新車登録台数に至っては二割以上も減ってしまったという、あの七年間を。

そう話すと必ず出てくるのが、「そんなことを言っているが、エコカー技術で諸外国に後れを取って、外貨が稼げなくなったらどうする気だ」という意見です。先のことまでよくご心配です。もちろんそうならないために、ぜひにも技術開発は全力で続けて、日本企業には最先端に立っていただきたい。でも首尾よくそうなっても、稼いだ外貨が内需に回る仕組みを再構築しない限り、外貨が稼げずに死ぬということになる前に、外貨が国内に回らないことで経済が死んでしまうのです。つまり日本は、技術開発と内需振興と、同時に別々のことをしなくてはならない、そういうことです。その際に、昔から得意な技術開発の方ばかりに目が行って、内需振興がついついお留守になるという事態は、ぜひ避けていただかねばなりません。

なにぶん日本には、製造業の技術力のおかげで、国債になってしまっている分を除いても四〇〇兆-五〇〇兆円の個人金融資産があります。毎年十数兆円の金利配当も流れ込んでいます。つまり皮下脂肪が十分溜まっていて、絶食してもそうそうI〇年、二〇年で飢え死にするようなことにはならないのですから、何も不安になることはないのです。安心してもっとバランスの取れた行動、つまり技術開発に関係なく進む生産年齢人口減少という課題を直視した行動を取るべきなのです。それでは、生産年齢人口が減るペースを少しでも弱めよう」という目標を直視して、「何とかして出生率を上げる」のはいかがでしょうか(以下では世間の慣行に従って、女性一人が生涯に産むであろう平均的な子供の数=合計特殊出生率を、「出生率」と呼ぶことにします)。