川寄さんの次の質問です。たとえば、不登校の人が来た場合、単純に学校に行くのがいいことであるとして、それを目標にカウンセリングしていこうというような人はいないと思いますが、しかし、実際のカウンセリングにおいては、ある種の変容が起こり、ある着地点に収束していくことが多いのも事実です。
不登校の人が学校をやめて新たな方向で人生を開いていくこともあれば、逆に学校に戻ってそこで意味のある経験を重ねていくといったように。
私たちはなるべくカウンセラーの思惑でそれをコントロールしないでいきたいと思ってやっていますが、あるかたちで着地したときに、カウンセラーとしては、『ああ、よかったなあ』と感じるときがあるのも事実です。また、こういった感触がなければ治療の『終結』という言葉を使わないと思います。
しかし、カウンセラーがよかったと感じる着地点が、もっと大きな視野から見たら、むしろ異なる方向での可能性を邪魔しているのではないか、カウンセリングを通してこういうかたちにおさまっていったことがほんとうによかったのか、という疑問がどこかにあります。このようなことに関してなにかご示唆していただければと思います。
心理療法家がクライエントにコミットしていく限り、着地点をまったく想定しないということはありえません。ただ、そういうのをもっていても、それを絶対視しないということがかんじんなのです。
「この人は学校へ行かなくても、自分でなにか有意義なことをやるのではないか」と思ったり、「この人は学校のことで相談に来ているけど、母親との関係が問題で、その改善のほうに向かうのではないか」とか、こういうことは誰でも思っています。
しかし、こちらからその上うにもっていこうとしてはいけない。こちらがそう思っても、間違っているかもしれない。思いこみの強い人は、どうしてもそちらにもっていこうとしがちですが、これは非常に危険なことです。
2012年9月18日火曜日
2012年8月23日木曜日
ミサイル問題では日本はどの程度の要求をすべきか
日本に届く危険のあるミサイルは、射程一〇〇〇キロから一三〇〇キロの「ノドン・ミサイル」である。しかし、日本はノドン・ミサイルの配備中止を国交正常化交渉はもとより、日朝正常化の条件にはしていない。もちろん、正常化交渉で話し合う議題にはなっているが、日本に届くミサイルを配備する国とは、国交正常化しないとは言っていないのである。つまり、日本はミサイルについてはあまり脅威とは考えていないことになる。
それなのに、テポドン・ミサイルの発射を理由に制裁措置を行ったのは、実は論理矛盾である。もし、それほど重大な問題であるのなら、当初からテポドン・ミサイルの開発中止を強く要求すべきであった。
実は、ミサイル問題では日本はどの程度の要求をすべきかは、かなり難しい問題である。ミサイル問題は、①開発②テスト③配備④輸出―の四つの問題を含んでいる。このうちどれを問題にするのか、あるいは全ての中止を求めるのかで交渉の内容が変わるからである。もし、日本がこれらの四つの問題全ての放棄を求めれば、北朝鮮はそれに対する対価を要求してくる。具体的には、金銭的補償を求めるはずである。だから、ミサイル問題は多額の資金を払うつもりがあるのなら要求してもいいが、そうでなければやぶ蛇になるだけの問題である。
アメリカは、ミサイル輸出の中止に重大な関心を示し、北朝鮮に中止を求めている。北朝鮮は輸出中止の代償として、一〇億ドルから四〇億ドルの補償を求めている。日本が、アメリカと歩調を合わせミサイルの中止を要求すれば。こうした補償を日本が払わされることになる可能性が高い。だが、ミサイル輸出中止の代償として現金を支払うのは最悪の選択である。新しいミサイルや武器の開発に資金を提供することになるからだ。
ところで、北朝鮮のミサイルはそれほど脅威であるのか。通常爆弾を積んでいる限りは、ミサイルの破壊力は小さい。たいした脅威ではない。また、もし日本に飛んでくるようなことがあれば、日米安保条約を発動し北朝鮮を米軍が総攻撃する方針を明らかにしておけば、抑止力としては十分である。さらに、北朝鮮がミサイル開発を進める限り、日本としては戦域ミサイル防衛(TMD)の開発を進めるとの方針を表明すればいいのである。
こうしてみると、テポドン・ミサイル発射に示した日本の対応は、北朝鮮に自制を求める意味では効果がめったと評価していいだろう。ただ、いたずらに混乱し感情的に騒いだのは問題を残した。
それなのに、テポドン・ミサイルの発射を理由に制裁措置を行ったのは、実は論理矛盾である。もし、それほど重大な問題であるのなら、当初からテポドン・ミサイルの開発中止を強く要求すべきであった。
実は、ミサイル問題では日本はどの程度の要求をすべきかは、かなり難しい問題である。ミサイル問題は、①開発②テスト③配備④輸出―の四つの問題を含んでいる。このうちどれを問題にするのか、あるいは全ての中止を求めるのかで交渉の内容が変わるからである。もし、日本がこれらの四つの問題全ての放棄を求めれば、北朝鮮はそれに対する対価を要求してくる。具体的には、金銭的補償を求めるはずである。だから、ミサイル問題は多額の資金を払うつもりがあるのなら要求してもいいが、そうでなければやぶ蛇になるだけの問題である。
アメリカは、ミサイル輸出の中止に重大な関心を示し、北朝鮮に中止を求めている。北朝鮮は輸出中止の代償として、一〇億ドルから四〇億ドルの補償を求めている。日本が、アメリカと歩調を合わせミサイルの中止を要求すれば。こうした補償を日本が払わされることになる可能性が高い。だが、ミサイル輸出中止の代償として現金を支払うのは最悪の選択である。新しいミサイルや武器の開発に資金を提供することになるからだ。
ところで、北朝鮮のミサイルはそれほど脅威であるのか。通常爆弾を積んでいる限りは、ミサイルの破壊力は小さい。たいした脅威ではない。また、もし日本に飛んでくるようなことがあれば、日米安保条約を発動し北朝鮮を米軍が総攻撃する方針を明らかにしておけば、抑止力としては十分である。さらに、北朝鮮がミサイル開発を進める限り、日本としては戦域ミサイル防衛(TMD)の開発を進めるとの方針を表明すればいいのである。
こうしてみると、テポドン・ミサイル発射に示した日本の対応は、北朝鮮に自制を求める意味では効果がめったと評価していいだろう。ただ、いたずらに混乱し感情的に騒いだのは問題を残した。
2012年7月16日月曜日
原則を逸脱する場合はよく理解して行動すること
考えてみれば、そちらのほうで新しい人間関係をつくっていけたのですから、私から手紙なんか受けとるよりずっといいわけです。
私が手紙を出していたなら、訪ねてきた同級生にもあまり多くを語ることはなかったかもしれません。そうすると、ますます私との関係ばかりになってしまいます。
では、そういうときには絶対に手紙を出さないほうがいいかというと、それもまた一概には言えないのがむずかしいところです。
このケースでは、たまたま同級生が訪ねてきていい結果になりましたが、そう都合よく、いつでもそういう人があらわれてくれるわけではありません。
先に紹介した例では、十三年目に返事が来て、私か出した手紙がずっとその人の心の支えになっていたということですから、手紙を出したことも意義はあったわけです。
することは同じでも、時と場合によって、そのコミットのレベルが浅くもなれば、深くもなりますから、そのあたりの判断は非常にむずかしいところで、最後には勘に頼るしかないのではないかと思います。
ただ、絶対に忘れてならないのは、できるだけそういうことはするなという原則です。原則を逸脱することをしても、そのことをわかった上でやるのと、知らずにやるのとでは、結果も違ってきます。
私が手紙を出していたなら、訪ねてきた同級生にもあまり多くを語ることはなかったかもしれません。そうすると、ますます私との関係ばかりになってしまいます。
では、そういうときには絶対に手紙を出さないほうがいいかというと、それもまた一概には言えないのがむずかしいところです。
このケースでは、たまたま同級生が訪ねてきていい結果になりましたが、そう都合よく、いつでもそういう人があらわれてくれるわけではありません。
先に紹介した例では、十三年目に返事が来て、私か出した手紙がずっとその人の心の支えになっていたということですから、手紙を出したことも意義はあったわけです。
することは同じでも、時と場合によって、そのコミットのレベルが浅くもなれば、深くもなりますから、そのあたりの判断は非常にむずかしいところで、最後には勘に頼るしかないのではないかと思います。
ただ、絶対に忘れてならないのは、できるだけそういうことはするなという原則です。原則を逸脱することをしても、そのことをわかった上でやるのと、知らずにやるのとでは、結果も違ってきます。
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